島田宿・川越遺跡[お出かけ 静岡]
蓬莱橋から川上に2㎞くらいでしょうか、蓬莱橋の土手沿いに車で数分のところに島田市博物館があります。
島田市博物館の裏手が大井川川越遺跡(かわごしいせき)です。
まずは、博物館を見学しました。

博物館では、当時の「川越し」の様子や「島田の帯祭り」、「島田髷」の展示などがありました。
「島田髷」は東海道島田宿の遊女の髪型であったと言われているそうですが、「文金高島田」は、「島田髷」のひとつで現在でも婚礼の時に花嫁さんの髪型に使われていますね。
島田市博物館を出た所に「川越遺跡マップ」があります。
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(画像クリックすると拡大)
川が増水した時に水を止めた、せぎ跡です。

島田大堤と川会所

大堤、現在は桜並木の道になっていましたが、元はこの堤が大井川の堤防になっていたそうです。
川会所は川越の運賃を決めたり、川札(川越の運賃)を売っていた所です。
川会所の先に「札場」「番屋」「仲間の宿」「荷縄屋」などの集落が復元されています。

昭和40年代に国が買い取って復元したのだそうです。
集落全体の町並みは良い雰囲気なのですが番屋など集落の間に普通の住宅があって、江戸時代の雰囲気にはちょっと…と言う感じで惜しい気がしました…
札場:川越人足が川札をお金に換えたところです。

番屋は川越人足の詰め所のようなところです。
川越人足の人形、日焼けした肌がリアルな感じ(笑)

梯子のようなものが川越しの蓮台です。

大雨で川かさが増すと川留めになり、川を渡ることが禁止されたため旅人は宿場で足止めされたそうです。
川留めの最長記録は28日間だったそうです。
宿泊費もかなりの出費だったでしょうね。
蓬莱橋と川越遺跡の間にある、JR東海道本線大井川鉄橋です。

現在は立派な橋と便利な交通機関のおかげで、あっという間に川越しができますが、
昔は「箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川」だったということがよく分かりました。
撮影日:2008/04/27
